ダイバースリーダーシップ推進協会 ブログ

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“組織の「心臓」、マネジメントの目詰まりが組織を殺す” 目詰まりのない組織 #6 ~ アフターコロナも輝く組織でいるために ~

【マネジメントの目詰まりは組織を殺す】

昨年より開始した「目詰まりのない組織 ~ アフターコロナも輝く組織でいるために ~」のシリーズ、前号では戦略・施策(頭)と、その実行・実現(ボディ)をつなげるエンゲージメントを「首」とし、その目詰まりについて論じた。

 

テレワークが取り入れられた新しい働き方へと変わっていく中で、エンゲージメントをいかに維持・向上させていくか、「カイシャという”場”」の再定義・再構築に焦点を当て、考えた。

 

言うまでもないことだが、カイシャという“場”を再定義し、それに整合する形へ制度を組み替えただけでは足りない。

運用、つまりマネジメントも、アフターコロナの世界に適応したものでなければならない。

 

Visionを示し、方向性を打ち出し、組織に浸透させ、実行を働きかけ、支える。そのボトルネックになる様々な障害についても対処することが求められる。

新鮮な血液を身体の隅々まで送り届け、組織を活性化させ、汚れた血液を回収する。さながらマネジメントとは会社組織の「心臓」のような機能である。

 

今号では、この組織というボディを駆動する中心的・中核的機能である、「心臓」=マネジメントの目詰まりについて考えたい。

 

コロナにより、私たちの暮らし、ビジネスの前提が一気に大きく変わった。

 

この新前提、アフターコロナの世界において、どうあることが企業・事業に成長をもたらすのか、この成功のファクターについてはまだ分からず、組織の五感・六感を総動員して、仮説構築と検証を繰り返すことで成功へと近づいていくことが必要であることはすでに述べた。

逆説的に言えば、仮説検証サイクルの動力であり、中核であるマネジメントに目詰まりが起きた瞬間に、この循環は止まる、もしくは意味なしサイクル(ただ回わすだけ、もしくは悪い方へ回っていく)になることは想像に難くないだろう。

 

アフターコロナにおける企業運営・事業推進とは、見えない新大陸を目指し、大海原を進むことであり、日本企業の専売特許である“オペレーショナルエクセレンス”だけでは通用しない。

 

ビフォアコロナから永遠のテーマのように “マネジメント強化”が求められてきたが、それでもほとんどの企業はそれなりに成長できていた。しかし、現在は違う。

マネジメントの課題が致命傷となる前に、早急に手を打つ、アフターコロナ対応型マネジメントへの進化が必要なのだ。

 

 

【結論提示型の強いリーダーシップの終焉】

強いリーダーが答えを明確に示し、現場チームは粛々とその実行・実現にまい進し、成果をあげる。そのリーダーは優秀とされ、評価されてきた。

周囲は、そのリーダーがその時言ったことだけではなく、その人が言うことすべてが正しいことであるかのように思い始める。

 

だいたい正解なものを作り、テストマーケティングや市販後のファインチューンでスピーディにニーズにあったものへと仕上げ、収益をあげる。非常に効率的な組織・事業運営であり、成功モデルの1つの型と言えよう。

 

ビフォアコロナでは、それでよかったし、それがよかった。しかし、ビジネスの前提が根本的に変わったアフターコロナの世界において、これまでの経験や考え方は通用しない。通用しないどころか、それに頼ることはむしろ危険である。

 

過去の情報や個人の嗜好性に基づき“優秀な1人”がロジカルに決めたことを、他のみんなが粛々と実行するという方式は、負けるギャンブルをしているようなもので、今後は最も非効率なやり方に成り下がる。

 

では、過去ではなく、製品・サービス開発直前にニーズ調査を直前にしっかりやり、その情報に基づいて打ち出された答えであればよいのではないか?

残念ながら、この方式でも十分ではない。

顧客や市場自身も正解を分かっているわけ“ではない”からである。

 

今までのモノ・コトでは“ダメである”ことは分かっている。一方で、じゃあどうだったらよいのか?どうしたらお金を払ってでも買うのか?については、顧客自身もわかっていない。

買う/買わないを決める前のニーズ調査と、実際の購買動機とのギャップが大きくなってしまっているのだ。

 

 

【組織を輝かせるダイバースリーダー】

このように、過去のデータも当てにならない、顧客や市場自身もありたい姿を模索している中で、真に求められる製品・サービスを生み出すには、顧客や市場との継続的な対話を通じて作り上げていくしかない。

 

そこに求められるマネジメントとは、ダイバースリーダーである。

 

ダイバースリーダーとは、DLAが定義するリーダーの一類型であり、簡単にいえば、多様化されたチームで個の特徴を最大限に発揮させ、活かすことで成果を創出するリーダーである(詳細は「新時代に必要な11人の戦士 〜人材活用・組織分析の新たな視点〜」著DLAをご覧ください)。

 

チームをまず一番小さな市場とし、職位や年齢、属性にとらわれることなくメンバー全員から1人の顧客として感じたことや思ったことを引き出し、その情報から何をなすべきか、チームみんなで創っていくということが大切になる。

 

前述のような結論提示型の強いリーダーシップの下では、統制が重視され、ちゃんと指示に従うこと、考え方が近いことという“纏まっている”ことが重視されてきた。

今後はこの真逆で、それぞれが違うことが重要であり、この違い、多様性をいかにマネージできるかがマネジメントに求められる必須の要素となる。

 

あらゆる先入観を、自分はもちろん、チームにも持たせず、「真っ白」「真っ更」を維持し、ストレートに意見・情報を出させるために「権威」を作らせないことで、正しい情報を正しく認識し、もっとも正しい可能性が高い答えを組織でだせる(正確には組織でしかそれを担保できない)ことが重要になる。

 

そのために、マネジメントはまず何をすべきか?以下にその実践のための一例をあげた。

 

  1. 「引き出す」:異なる考えを持つこと、意見を言うことを奨励し、評価・批判を排除する

 メンバーの意見、特に自分の意見と異なったり、懸念を示す意見にどう反応しているだろうか?

自分の意見に賛成するような意見や妥当性を補強するような意見にはウキウキ・ワクワク反応し、反対・懸念意見には強い語気や即座に言い返すような反応をしていないだろうか?

 

これを続けると、心理的安全性が損なわれ、イエスマン面従腹背しか生まれない。

上司・部下間に限らず、これはメンバー間でも同じである。

 

多様性を活かすには、まず多様性が発揮される環境を整える必要がある。それが、まず意見を率直に言えるチームであること。

そのためには、意見を出し合うことと、それを評価することとを同時にしないようにすることが必要だ。

 

意見を出し合うタイミング(発散)では、次項#2の「探し出す」に皆で没頭し、そのうえで意見=案の評価へと移る。これをしないと、発信者に、意見の否定・反対=自分の否定・批判と伝わってしまい、意見を言いにくい環境が醸成されてしまう。

 

 

  1. 「探し出す」:コミュニケーションは宝探し。自分と違うところ探し、「なぜそう思うのか」を捉える

メンバーから相談や報告を受けた時にどう反応しているだろうか?

「そんなことは知っている/どうでもいい」と思いながら聞いていないだろうか?言葉に出さなくても、あなたの意識を超えた態度・表情・雰囲気で相手には伝わっている。

 

意見や話を聴かない(「聞く」ではない)“言っても無駄な上司”には、どんな有益な情報や意見も言わなくなってしまう。

仮に自分が既に知っていることであっても、相手が何に着目したのか、どうしてそう思ったのか、そこから何を感じたのかなど、自分と違うことはないかというところを探しながら聴くことで、マネジメントとしての視野・思考の広がりを部下がつけてくれる。

 

これもまた、上司・部下感に閉じた話ではない。誰かが意見を言った時、みなで「それ、どういうこと?」という姿勢で自ら理解しに行くことが、チームの多様性を引き出すことにつながり、結果として自分の頭には存在しなかった宝物が発見できる可能性が高まる。

 

 

  1. 「議論する」:情報の独占を防ぎ、非対称性による権威化を防ぐ

情報をオープンにしている/させているだろうか?

意図的に共有させるようにしておかないと持ち主に抱え込まれ、単なる過去情報だったものが知識化(個別具体の事象が一般化され、不変の真理であるかのような誤った解釈がおきる)され、そこに権威が発生する。

 

全ての事象は、「前提」、「論理/事象の展開」、「結論」の3セットで成り立っているが、「前提」抜きで情報が流通してしまうことが多いように筆者は感じる。

それにより、その場合はこうといった、検討無き結論の当てはめ(例「組織はフラットな方がいい」)が起き、妥当性検証の機会が失われ、せっかくメンバーが意見やユニークな観点を出してくれても活かしきれない。

 

この3つさえできていれば、十分だとはいえないが、この3つがないところに、十分なマネジメントはないと断言できる。

 

組織のあらゆるセンサー=メンバー全員が敏感に情報を感じ・捉え、組織に共有し、偏見なく認識・判断する。アフターコロナを見据えて、マネジメントはこの状態を早期に作り出す必要がある。

 

マネジメントが成長の致命傷ではなく、輝く組織の原動力であり続けられるように、DXが進まない、今までと大して変わらないことしか出てこないと気になっている方、自身のマネジメントやチームのマネジャーの行動を、今一度点検してはいかがだろうか?

 

 

DLAでは、組織の多様性を引き出すリーダーを「ダイバースリーダー」として定義し、「人の特徴を良し悪しではなく、強弱で把握できる」といった行動特性を明らかにしている。

 

ダイバースリーダーだけでなく、アフターコロナの環境下で輝くチームを構築するために必要な「11の人材タイプ」を導出した。DLAではこの人材タイプを用いた「11type診断」もご提供している。

 

「組織の心臓」の目詰まりに課題・懸念をお持ちの企業さま、アフターコロナに向けて企業・事業強化をご検討の皆様、是非、人材の総点検から初めて見はいかがだろうか?お気軽にご相談ください。ご連絡お待ちしております。

 

Y.I

 

 

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“戦略が動かない・指示が実行されない!” 目詰まりのない組織#5 ~アフターコロナも輝く組織でいるために~

【エンゲージメント=首の目詰まり】

前号では組織の「目、耳、鼻、口」、すなわち情報収集における目詰まりについて述べた。

組織として、とりわけ意思決定の場で、不都合な真実も含めて“事実”を把握することの重要性と難しさ、さらにはその実現のヒントについて触れた。

この情報収集の目詰まりが解消されることにより、適切な意思決定が実現し、有効性の高い戦略や施策の策定が可能になる。

 

この情報収集と戦略・施策の策定は、人間の身体で例えれば「頭」で行われることに位置づけられる。

事実情報が組織として集約され、分析され、活かされ、戦略や施策として意思決定される。次は、この戦略や施策を“動かす”番となる。

 

頭でできあがった戦略・施策を、胴体・手足(以降「ボディ」)へと伝達し、実行するわけだが、そこにも目詰まりが発生する。頭とボディをつなぐ「首」の目詰まり、つまり計画と実行をブリッジする“エンゲージメント”の目詰まりだ。

 

会社と個人の関係が主従関係からパートナーシップへと変わりつつある中、コロナによってテレワークが一気に広まり、私たちの働き方が大きく変わった。

パートナーシップという対等な関係、すなわち、サラリーマンの会社からの心理的独立の進展に被さるように、「会社に行かない」、「仲間と会わない」、「会議以外ではほとんど話さない」など、会社との距離が生まれる方向への力学が働いた。

会社に愛着を感じ、所属することに価値を見出し、貢献しようと思うエンゲージメントがなければ、どんなに有効性の高い戦略・施策が策定されたとしても実行はままならない。

 

これまで、戦略・施策の実行において、エンゲージメントの問題も含め、会社という「場所」(=箱)に物理的に集合することを前提に、その重要性や課題、その解決の議論が展開されてきた。

“所属”していることが、物理的環境によって担保され、その価値を感じることができたのだ。しかし、この前提が大きく変わった。

出社しない、集まらないという“所属価値”を感じ難い働き方となる中で、いかにエンゲージメントを維持・向上していか、今号では考えてみたい。

 

 

【「カイシャって何?」組織に与える会社の影響】

恥ずかしながら、組織・人事のコンサルタントでありながら、これまで筆者は、「会社=仕事場」程度にしか考えたことがなかった。

しかし、コロナ禍で、ほとんど出社しない日が続き、在宅という1人職場で仕事をするという経験を通じ、「会社」とは何なのだろうかと考えさせられた。

「組織から“場”としての会社を引き算した場合、私たちはどのような影響をうけるのだろうか?」と。

 

組織を成り立たせる3要素として「共通目的」「協働意欲」「コミュニケーション」というのがある(バーナードの組織論)。

会社という“場”の存在を前提としなかった場合でも、「共通目的」は会社や働く個々人の目指すもの、共感しあえるものという性質上、大きな影響はないだろう。

しかし、「協働意欲」「コミュニケーション」は、同じ職場で働いていた、お互いが見える場で働いていた時と変わらないというわけにはいかない。

 

テレワーク下では、「コミュニケーション」は、共通目的の達成のための合目的なもの、予定されたもの中心となる。

一方で、偶発的・自然発生的なコミュニケーションは失われる。

挨拶をする程度の「会う」という最低限のコミュニケーションすらできなくなり、組織・チームとしての一体感の希薄化が起こる。これについて大手企業の人事の方がおっしゃっていた。

 

「テレワークで一体感は確実に減少している。それどころか不安や孤独感による疑心暗鬼がチームをバラバラにしてしまう」と。

会社という場の存在が無くなるだけで、これだけの問題がおきてしまうのかと、場の重要性を考えさせられるコメントだった。このような状況では、協働意欲など生まれるはずがない。

 

 

【モチベーションとエンゲージメント】

このように、コミュニケーションの偏りや、そもそも取り難いという状況が、チーム内のつながりの希薄化や1人仕事感を助長させ協働意欲(共通目的達成に向け、仲間と頑張り、相互に支援し高めあう気持ち)を減退させる。

そして、この協働意欲の減退が、コミュニケーションをとろうと思う気持ちを減退させ、さらにコミュニケーションの希薄化を生み出すというデフレスパイラルを発生させてしまう。

この協働感のなさ、仲間不在感のデフレスパイラルが、組織への所属価値を下げる。

 

厄介なのは、この所属価値が低下しても、モチベーションが低下するわけではないことだ。

自分がやるべき作業はやるという意欲と義務感、場合によっては達成感が下がるわけではない。

それぞれが、担当作業をサボることなく、しっかりやるが、エンゲージメントは低いという状態が起こる。

 

戦略・施策は組織全体での協働・協調によって実現されるもので、個の作業の足し算では達成しえない。

 

このモチベーションが高く、エンゲージメントが低い状態とは、作業の主語も目的もすべて自分になってしまい、目的に会社や組織貢献が出てこず、協働・協調が生まれない。

会社の生産性は高まらないが、個人の忙しさや効率性は高まるというテレワークの問題はここにある。

 

すでにお気づきかと思うが、ここに悪者はいない。新しい働き方の構造的な問題によって、戦略と実行(業務遂行)の間にある、人の気持ち、エンゲージメントに目詰まりを起こしてしまうのだ。

 

 

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【カイシャという“場”の再設計】

テレワークを中心とした新しい働き方のメリットを享受しつつ、いかにこの目詰まりを解消していくか?これこそが、会社も社員もハッピーになるためにクリアすべき問題である。

 

ここで重要な問い、初めの一歩となる問いはやはり「なぜ、出社するのか?」だ。

 

カイシャという場へ、何をするために来るのか、この目的を明確にしたうえで、カイシャでやるべきことと/やらないこと、出社タイミング(出社日数と出社者)、デジタル化も含めた業務プロセス、さらにはオフィスのレイアウトまで1つの考え方に基づいてロジカルに設計・運用されることが求められる。

 

ここに唯一の最適解はなく、業務特性や業務分担の在り方や構成メンバーの習熟度・自立/律度、情報共有の難しさ(複雑性とインフラ)、マネジメントスタイル、組織のステージなど合理的な視点と、私たちはどんなチームでありたいかという思いから議論していくことになる。

同じ業界や業態であることにこだわることなく、違う業界の考え方だったり、考え方の近しい企業のやり方を取り入れるのも、新しいエンゲージメントの目詰まり解消には有効であろう。

 

最後に、この検討はWithコロナに求められた“出社しなくてもよくすること”が目的ではない。

あくまで、戦略・施策の実現のための組織・チームづくりと最適な働き方を実現することが目的であることにご注意いただきたい。

 

 

DLAでは、戦略と実行をつなぐエンゲージメントの向上に向け、新しい働き方の設計から、それらを支える諸制度の設計・運用のご支援まで幅広くご提供しております。エンゲージメントの目詰まりに課題・懸念をお持ちの企業さま、お気軽にご相談ください

 

T.Y

 

 

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“「不都合な真実」に向き合いますか?” 目詰まりのない組織#4 ~アフターコロナも輝く組織でいるために~

【聴きたくない、知りたくない情報こそ必要】

 

彼の松下幸之助氏は、一番聞きたくない情報を最もエネルギーを使って収集した。大きな失態を犯した部下がそれを告げると、「良く知らせてくれた」、「助かった」、「これで手が打てる」と言った具合に。

更に、「他に問題はないか教えて欲しい」と。

 

いつしか、誰よりもネガティブな情報に精通し、迅速に的確な対応を可能にしたそうである。

知られたくない情報の収集達人と言って差し支えないエピソードだと思う。

 

今回から、目詰まりの箇所について解説したいと思う。第1弾として、「目、耳、鼻、口」=情報収集の目詰まりについて考えてみたい。

 

読者諸氏は、日常の変化にどの程度気がついているだろうか?

実は人間は普段気にかけている情報にしか反応しにくく、変化に気づき難い。

例えば新聞紙を広げている電車の乗客が減っていたり、路上にガムの食べカスが減ったりなどは、言われればそんな感じはするが、常に的確に捉えているわけではないだろう。(因みに、どちらもスマホの普及の上昇曲線と、負の相関があるようだ。)

 

今の変化だけではなく、これから起こる変化の予兆となると、実に難しい。故にアフターコロナでは、どれだけ情報収集を意図して行うか?アンテナを研ぎ澄ますか?が必須な時代を迎えたのだ。

 

アンテナを張るためには?

 

 

【アンテナを張るために現在地を確認する】

 

アンテナを張ると言っても、事はそう単純ではない。自宅に新たにアンテナを張るのとは訳が違い、これまでご紹介してきたプールから海への変化で言えば、プールと比べ海を組織(船)で航行すると考えると、多くの情報が不可欠になる(海図、水深、風向き、潮流、漂流物、生物、突起物、他の船舶などなど)。

 

アフターコロナは未開の海であり、アンテナを張り巡らせなければ、自分のいる位置すら分からない。

即ち、これから求められる情報とは、まず己の居る位置を正しく把握する事から始める必要がある。

 

しかも情報は溢れかえっている。玉石混交に加え、必要な全ての情報が手軽に手に入るわけではなく、かなり意図を持って取りに行く必要がある(特にネットの情報は本人が気づかずに自身にカスタマイズされた情報であり、世の中の全てではない)。

つまり、意図して多角的に情報を入手しなければ、偏った情報に囲まれかねないという事である。

 

 

【情報のカバー範囲を可視化する】

 

では、どんなアンテナを張るべきか?つまり、どんな情報が必要か? 更にはそれをどのように入手するか? 入手データの質(信頼性があるか? それは何を表しているのか? そこから何が読み取れるか?)はどの程度か?

確認すべきポイントは山程存在する。

 

我々が定義した、情報収集の目詰まりでは、目、耳、鼻、口による情報で表現したが、1つの例を示してみたい。

これは決して新しいトピックではないが、2019年に新規受付を終了(2026年3月末にサービスも終了予定)した、 「iモード」を考えてみよう。

 

ご存じのとおり、「iモード」はNTTドコモが提供したサービスであるが、今から見ても非常に先駆的なサービスであったと言える。しかし、何故iPhoneAndroidになれなかったのだろう?情報収集の目詰まりの文脈で考えて見たい。

 

最盛期のユーザーは4800万人超で、インターネットを家で使えるものから、外でも使えるものに進化させた功績は、GoogleAppleが参考にしている事からも、世界のモバイルシーンにおける父的な存在と言っても過言ではないと考えられる。

 

しかし、現在の世界スマホユーザー数は40億を突破している事からも、4800万人は1.2%に過ぎない事実を見ると、目の要素で考えた場合、視野は世界を向いていたのか?何年先を見据えていたのか?どんな使われ方を見通していたのか?という部分は、目詰まりを起こしていた可能性は否定できない。

 

ネットもできる電話なのか、電話もできるネット端末なのか?このあたりは、何れかの時点でその兆候(電話からネット端末へのシフト)を嗅ぎ取る事は出来なかったのか?匂い=雰囲気を掴む機能の目詰まりを疑ってしまいたくなる。

 

1つのヒントとして、徹底的にどんなユーザーがどんな使い方をするのか?生活の中のどのような変化が生じるのか?については、実際に味わってみる=使い倒してみたり、あらゆるユーザーの味わい方(使い方)を想定してみたり、という観点での目詰まりがあったのかも知れない。

 

iモード」はある意味進み過ぎてしまったため、「iモード」に合わせるべきという思想が強かったのではないだろうか?特に、日本における通信キャリア(特にドコモ)のポジションや立ち位置は強く、海外のメーカーとキャリアの関係から見ると、大きく発言力やリードする力は強かった事が想像出来る。

 

一方、海外ではメーカーが強い主導権を持っている場合が多く、国内キャリアとはかなり環境が異なる。仮に40億ユーザーを目指すのであれば、国内においてもメーカーからの声を聞けていたのか?という耳における目詰まりの可能性も疑われる。

 

ドコモは富士通やN E Cと組んで海外市場を目指すものの、各国の通信政策という壁に阻まれる形になった。

そこでご存じi PhoneのAppleはキャリアに従属しないスマホを作り、コンテンツはキャリアではなくスマホに依存するプラットフォームモデルを構築する事となった。

 

このように、情報収集という観点で切り取ってみると、目詰まりの可能性が浮かんでくるように思える。もちろん、内部情報を知り得る立場ではないため、あくまでも想定の域は超えない点はご容赦を。

 

 

では、情報収集の感度の上げ方はどうすれば良いのか?について、考えたい。

 

 

幽体離脱のススメ=情報の質を精査する】

 

「彼を知り己を知れば百銭危うからず」孫子の有名なフレーズである。

そんな事は分かっている。という声が聞こえて来そうであるが、本当にそう言い切れるものだろうか?

 

人は往々にして、自分(達)に都合の良い情報だけに囲まれたい有機体である。どこかの政府でも忖度というフレーズが毎日飛び交っていた事が記憶に新しい。

 

Yesマンばかりで周りを固めたいと考える事は周りでも起こっていなだろうか?

分析と言う名のもとに、主張したい内容を補完したり、正当化したりするための情報収集や分析が行われていないだろうか?

 

これらを避けるために、オススメしたい思考が幽体離脱である。一度自分や自組織から離れ、完全に敵や反対の立場、第三者などの視点に立ち客観的に考えてみる。

 

ディベートのテクニックに悪魔の代弁者(devil's advocate)という手法があり、(語源としては16世紀頃にカトリック教会において、雇われた「列聖調査審問検事」を指し、検事が聖徒の候補者を聖者としてふさわしいかどうか敢えて反論し調査・審問したことから、「あえて異を唱える」「わざと反対意見を述べる」という意味になった)健全な思考を担保し、自由に批判・反論できる状況を作るものである。

 

 心理的安全性にも通じる考えで、多角的に物事を考える。つまり、メディア、本、ネットなどでも、必ず反対情報や異なる視点の情報を入手することが重要である。

 

耳の痛い情報、避けたいネガティブなデータや意見にこそ、耳を傾け、目をむける。実際に反対意見を持った人材にあって触れて議論を交わしてみる。

異なる考え方や異なる視点を持つ側に身を置いてみる事で、雰囲気や何故異なった見方になるのか?を感じてみる(味わい、鼻を利かせてみる)

 

これを昨今リバイバルしてきた表現でアジャイルに、トライ&エラーを繰り返す。

経営者であれば、情報入手先は競合や顧客だけではなく、現場の社員も重要であり、現場しか知らない情報を自ら取りに行く。

 

アメリカ元副大統領のドキュメンタリー映画に「不都合な真実An Inconvenient Truth)」がある。もちろんご存じだと思うが、今やこの不都合を疑う人間は少なくなっているものと思う。

 

アフターコロナを生きる我々人類にとって、不都合な真実から目を背けない姿勢を、危機感を持って実践したいものである。

 

金杉リチャード康弘

 

 

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