論理的思考力の次は“前提力”を磨け!
<論理的思考力の次は“前提力”を磨け!>
論理的思考力の必要性は常識レベルで認識されており、業種・役職に関わらず早期に習得することが求められている。
そして、多くの方がその習得に取組み、十分とは言えなくても必要なレベルには達したのではないかと思う。
しかし、論理的思考力ばかりを磨き続けても、所謂“デキル社員”にはなれないのだ。
<十分ではなく“必要条件”としての論理的思考力>
筆者は、出来損ないのコンサルタントとして社会人初期を歩んだ。
先輩コンサルタントの報告書を読みあさり、考え方、文章の書き方、さらには話し方を一生懸命学んだ(というより盗んだ)。
そして、盗んだスキルを案件で活かし、顧客にも会社にも認められたい一心で取り組み、レビューに臨み、お客様へもわかりやすい説明を心掛けた。
しかし、なかなかうまくいかなかった。徹底的に論理的思考力・文章力・説明力を磨き、習得していったにもかかわらず、“並”のコンサルタントがせいぜいで、“デキル”コンサルタントにはなれかった。
<勝負を分けるのは、どう“前提”を置くか?>
もがきながらのコンサルタント人生を歩むなかで、1人の上司(コンサルタント)に出会った。
その人は、私からみても、ロジックがそこまで強いわけでもなかった。
しかし、レビューでのフィードバックにおける「うわぁ!感(脳の外側の古くなった皮がはがれる感じ)」はもちろん、お客様からの信頼感は抜群であった。
いったいなぜそうなのか、しばらく私はわからず、もうしばらく“もがく”日々が続いた。
そんなある日のレビューでのことだった。この上司から「検討の前提を追加して」と一言フィードバックがあり、追加し再提出した。
真っ赤(当時は資料に直接赤ペンで修正指示を受けていた)になって帰ってきた。
そう、検討の前提が違っていたのだ。その時、私は気づいた。
この上司と私の差はココにあると。
<「目的」は「前提」にはならない>
恥ずかしくてあまり言いたくないが、当時の私は、立ち止まって検討の「前提」を考えることはなかった。
課題からスーっとソリューションの検討に流れてしまっていた。
目的から課題を導出しているのだから、課題さえ分かれば、あとはロジックで解けるとでも思い込んでいたのだろう。
しかし、この目的を達成するために「どう考えるべきか」「どこから考えるべきか」これらをきちんと仕切っておかないと、ソリューションに深みも味わいも、“らしさ”もでてこない、通り一遍のものになりがちになる。
<前提は「視点の高さ」から「論理展開の方向性」まで全てを決める>
課題が明確になったら、「この目的を実現するとは、どういうことを意味するのか?」、だとしたら「そもそもどこから検討を始めるべきか」、さらに「どういう方向で論理を展開させるべきか?」をしっかり検討して、コンセンサスをとっておかないと、検討の粒度も方向性もまるで狂ってしまい、価値のない提案になってしまう。
つまり、この前提のセットが、ソリューションの価値を決めるのである。
そして、優秀なコンサルタントは、これをさらっと、周りが気づかないほどエレガントに行ってしまうのである。
検討したことを気づかないレベルに自然に。これに気づかされた私は、必ずここを上司や部下と徹底的に議論をするようになり、視野・視座・視点の置き様、コントロールする術を磨いた。
そして、ついに(自分で言うのも何だが)“並”から脱出できた。
<“前提力”のつけ方>
ここまでくると、次は「では、どうしたらつけられるのか?」であろう。
方法は単純だが、習得は簡単ではない。常に意識して取り組み、上司からレビューをうける、そしてボコボコにされ続けるのである。
その繰り返しの中で、感覚として身に着けるのである(なので人によってかなり習得リードタイムに差が出る)。
この苦行(閾値としての学習量が)の先にしか、習得はないが、必ず習得はできる。
DLAが重視している多様性とは、まさにこの「前提」の置き方と検証のための学習量にある。検討プロセスにおいて、この“前提セット”プロセスを独立させ、それぞれの持つ意見をぶつけあってみてほしい。
結構、当たり前のことを言っているように思われるだろうが、意外と(私のように)やれていないケースは多い。
DLAは、ダイバーシファイされたチームの中で、メンバーの叡智を結集させた「前提」を描き、そしてソリューションの策定・実行をできるリーダーの育成を支援しております。興味のある方、是非、お気軽にお問い合わせください。
T.Y
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